真昼の淡い微熱

感想ブログ

NANA ~21巻/矢沢あい

『一色』のイメージが強かったので読んでる間ずっとこれが脳内再生されてたんだけど今『GLAMOROUS SKY』を聴いたら掴まれてしまった心臓が……。
私もかつて恋人のバンド練習のためにスタジオ着いていく女で……そのバンドの持ち曲がこれで……。


恋愛と執着の煮こごりだ。
ハチも移り気だけどハチだけを一途に愛する男が現れなくて「えっそれでどうしてこんなに売れたの????」という疑問がまずいちばんにきた。
読ませる力が強い作品だからそれなりに人気作になるのも今尚語り継がれるのもわかるが、メガヒットまでとは混乱する。
現在の少女漫画が「優しいイケメン彼氏が一途に溺愛」主流だから余計にギャップがある。時代問わず主人公だけを想う一途さははずせないだろうに。

それでtwitterはてなnoteめちゃコミで感想を漁ったらさらに衝撃なことに現在でも根強いタクミ派が存在すること。「最低って思いつつ」「公言するのはちょっと恥ずかしい」などの言い訳がつくものの全然少数派じゃない。
まじで言ってんのか!?
しかも「学生時代はノブ派だったけど大人になってからタクミのよさに気づいた」なんて感想がひとつやふたつじゃない。
正気か!?逆ならまだわかるけど。
すごい……感心して……私はタクミのような男がこの世で一番嫌いだがこいつのミソジニーが完璧な描写だから……性欲=汚物扱いでヤりたい女を見下しつつレイラを汚せないと神聖視する二極化タイプ……でもレイラのことも見下してるという。
ハチにもレイラにも不都合押し付けといて「おまえがそれで納得したんだから今更文句言うな」な責任転嫁クソ嫌い。


それで人の感想読んでたらだんだんわかってきたんだけど、なるほどこの作品読者が読みたいように読める作りになってるのだな。
移り気なハチと対比する、ナナと蓮の揺るがなさで一途を確保。(だけどすかさずいびつな依存と注意喚起)
キャリア捨ててまで見返りのない愛をナナに注ぐ都合いいヤス。(ちゃんとナナが美雨に嫉妬して感情の行き場確保)あとナナに尽くす美里もめっちゃ都合いいし気持ちいいよね。

で、なんだかんだハチに未練ある様子のノブとなんだかんだハチを正妻に置いたタクミはその一点で希望をちらつかせるのだな。
タクミが結婚してくれずにヤリ捨て姿勢変えなかったら絶対人気地に落ちてたはずだもん。
かといってタクミを選ぶハチに着いていけなくなりそうになる読者も捨てず、すかさず「こんなにタクミはクズですよ」と示してくれるからかろうじて読める。けど、クズだけど好きになっちゃうなあ~というふうに読んでる読者には「ほんとクズだなあ」程度で流せる分量。
あと結婚する相手としてハチを選ぶ(選びつづける)打算が除去されてるのも意図的だよね。
結婚自体は政略的だがそこに親愛が発生しうる希望が残されている。

ナナと蓮の愛の巣とか、ノブとハチが付き合ってナナの箱庭完成とか、完璧な形が見えていて読者にその幻影を求めさせるから読ませる力になるのかな。
幻影を見せて、でも叶いっこないって思わせて、それでも一縷の望みはあるのでは……? と期待させるような。
そしてナナのためなら白金を捨てると語るハチ、ふたりで707号室に戻りたいと切望した次の瞬間に「タクミが好き」と言うものだから、いよいよナナとハチが一緒になるエンドへの切望も裏切られるのではないかと思ってしまうね。
完結しなきゃ裏切るもなにもないんだけど。

不穏なモノローグちらつかせながら未来編の「レン」呼びミスリードとかもその部類だろうか。
私はちょうど『Honey Bitter』連載再開中でCookie買ってた時期に掲載被った78話だけ先に読んでいたので結末を追う形になった。(78話隅々まで記憶にあって懐かしい、「誰も彼も一様に泣いてて漫画としてキモいな」と思ってたけど今回とりあえず違和感なかった)


作品が語り手の思想に偏らないようにする価値観の相対化は諫山創並みに上手いし、キャラの思考クラウド共有されてなさは葦原大介並みに秀逸かつその点での表現力は勝っている。
恋愛への冷静な視点は水城せとな並みに持ってるが、水城せとなよりも筆致がパッションなので理詰めじゃない。だから部数も20倍違う(もちろん直結ではないけど)。水城せとななら理屈優先でハチ離婚せずぱっとしない終わりだろうけど矢沢あいはどうなのかな。

思考クラウド共有されてなさ、つまりあるキャラの考えてることが別のキャラに伝わってない。
だからなにげない日常の会話劇が面白い。会話が面白いから読み続けてたとこある。
ハチとノブが付き合ったとき「どうしてノブはあたしの気持ちがわかるの?」「まじで?俺なにもわかんないんだけど……」
美里としばらく連絡途絶えたとき「恥ずかしいあたしなんて自分中心なんだ」
シンの誕生日の話してるときにノブだけが連想する「やべーブラストの男みんな水瓶座だってミューに言っちゃったよ」からのナナの「え?」がすごい好き。
ナナがいちごのグラスを割ったときの心理描写とそれを受け取ったハチのすれ違いとか最たるもの。
両者悪くないけど誤解が生じて……じゃないんだよな、人間同士意思疎通が万全ならぬまま対峙したらそうなるよね、なんよ。
相手が求めるものを与えてやれない、無理強いしてもむなしいだけ、という描き方もそれだし、そういう軋轢こそ読んでいたい。



ガラケー描写とかCDがまだ音楽市場を席巻してたとかテレビごり押し一点のメディア戦略とかまあ時代を感じるんだけど、今悲しいのは薬物依存への周囲の反応かな……。
まあいつでもやめられる余裕を感じてたレンが「俺は自分でやめるのはもう無理だ」まで言えるようになるのは前進だしちゃんとした描写なのにそれを汲み取れる知識のないタクミ……。

仕事第一のくせに後先考えず生でヤっちゃうタクミが一番整合性取れてなくて不思議なんだけど性教育が進んでくこれからの世代はもっとこいつを嫌ってくれ頼む。
タクミの苛立ちゴミ箱レイプは描写のある二度だけではないのだろうと示唆されるが、描写としては結構ぼかしてるから平気でタクミにときめけるのかな……。
ハチの自分都合で振り回して感情表現豊かなところがモテるんだと思うが一方で粘着的な根に持ち方しないとか幻想に浸らないで「別に結婚してくれなくていいです」とか弁えてるところは男を免責する都合よい搾取対象でしかないので、なんにせよ報われてしまうのは結局幻想でしかない。
ちゃんと「タクミは結婚の政略性しか気にしてない」「ハチは不安を拭うようにタクミが自分を好きだよね冷たい人じゃないよね?
と言い聞かせるが現実はクソ」て描いてるんだけどタクミにとってハチだけが唯一の癒やし的なフォローもあるのでほんと見たいように見れる。
しかしタクミがレイラにも手を出したりノブが百合に(そんな度量もないのに)威勢のいいこと言ってラブラブしたりするのは結構無視できない反骨精神だと思うが。
あ~~~なんかちょっとわかったかも、王道への反抗をやるには王道の鋳型を使うのが手っ取り早いってことかな。私はそうだったから。
マジョリティの鋳型を使って知らずマジョリティに刷り込みたかった。それかなぁ……? うーん。
いろんな立場、いろんな性格の人がいて、いろんな形の執着があるからフックが多いのはわかる。

あのねーやっぱセックスと生殖を描かせたら少女漫画の右に出る創作はないと断言してしまう。
まあ望まぬ妊娠悲劇扱い一辺倒はそれはそれで問題だけど、ハチの感情があまりに生々しく伝わってくるんだよ。この性への誠実さが少女漫画だよ……。

しかし小中学生のころ読んでたらたしかにハマってただろうなあこれは。