Audibleで聴いてた。
途中、紙の本に切り替えようとしたんだけど、冨岡美沙子さんのナレーションがあまりにもしっくりきすぎてAudibleに戻した。
いや、もう、冨岡さんのテラダイ以外考えられない。紙で読んでても声が再生される。
聴いたのが結構前だからだいぶ抜け落ちてるし、そもそもSF素養がないから漁や戦闘シーンがほとんどよくわからないまま雰囲気で聴いてたんだけど(サークスでのヌルデ対決とか致命的に読み取れなかった、、漁とかアニメで見てみたいなあ)、百合的には萌えるしここ数年トレンドの家父長制打破シスターフッドものとして興味深かった。
家父長制打破シスターフッドって私いまいちノリきれないんだけど、その子たちがさあ、恋愛をやってくれるだけで劇的に新しくなると思うんだよと思い。
はーだってダイオードが何か深い戦略があってフィンドム買ってるのかと見せかけて普通にテラに欲情してるだけとか身悶えするでしょ。
基本的にこの子たちは互いのことを大好きって言い合ってるだけ。
ダイオードが元カノのこと大好きだった歴があるのもまた良し。
処女同士じゃなく、精神的処女(性経験があっても好きな人とはしてなかった)同士でもないカップルが見たいんだよ。
ウテナやシムーンやユリ熊嵐のその後を描く話だと思って、そこがどうなるのか気になってそれで最後まで突っ走った。
家父長制コミュニティから脱出した先の荒野に何があったのか?
今思ったけどポストトランプの作品だなこれ。
アメリカ全州で同性婚が法制化されたのは、オバマ時代だった。日本から眺める世界の動きは羨望の限り。
オバマ時代までは、婚姻・差別禁止等の法整備が遅々として進まない国内からの脱出を信じることができた。
日本会議・統一教会・家庭連合、家父長制利権の強い日本の外に行けば、女の子と女の子は手と手取り合えるのではないか、たとえ荒野だったとしても。
しかしトランプ始め欧米の極右勢力台頭により、「外は、外で、ユートピアではない」ことが実感レベルでわかってきた。
そういう、腐っても生まれアドバンテージのある地元を捨てた(捨てざるをえなかった)不安定な移民が外は外でのままならなさに直面していく、ウテナのその後を描いた作品だった。
そこで真っ先に出会うのが同性愛差別のないユートピアのような星で、「でも私たちって縛られるのが嫌なんじゃなかったんですか? テラさんはユートピアになら縛られてもいいんですか?」的な問いが入るのがよかった。
地縁に寄ることそれは自由を失うことと引き換え。
結局いられなくなって有耶無耶になるけどマギリの(思惑のある)花を手向ける2巻?ラストは作中一番の名シーンだったな。
マギリとエダがAMC粘土だとしても想像力の限界により男女の性行為を模倣するしかできなかったことが、悲しみとして描かれていた、ような(うろ覚え)。
なんか……なんかもやってたんだけど……こう……
それを悲哀としてすら描いてほしくなかったのかもしれない……!
もちろん無批判にそりゃセックスといったら性器を性器にいれるしかないよね、てやってるのは論外なんだけど。
女同士の話をしているのに参考文献として男女セックスがちらつくのが嫌だったのかも。
あと、それとは真逆に、「性器を性器にいれるという型は男女セックスだけが占有していいのか?」みたいな感情もあるかも。ただしそれは詭弁で実際占有から解放するにはそれなりの手続きが必要。
今更ながら面倒くさい百合オタクである。
いや必要だと思うよ、マギリとエダの描写も。
テラダイセックスは過不足なく普通によかったと思う。「普通に良い」の希少さよ。
自由を求めたダイオードが人外になったと判明して自分の自由意志とは? という話になっていくのはSF的。
ひとところに留まるのは自由を失う行為では? からのそもそも自由意志とは? だから、テラダイの船旅人生そのものが問われてしまう。
その決着が気になっていたけど、解としてダイオード母の生き方(辺境の地で愛妻と二人暮らし)が理想だねって話になったのはまあそういうものかあと。
あれ、テラダイどこに住み着いたんだっけ、記憶おぼろげ。
しかし作者の小川さんて聞いたことはあるベテラン作家とは思ってたけど百合オタクだったんかな、セックス描写とかも含めて百合オタがこだわる部分を的確に押さえていってた感があってよかったんだけど。
ベテラン男性作家が家父長制打破シスターフッドをやるとこういう二項対立になりがちよなと思うけど、こういう二項対立にしている人がこんな百合をやれるのも稀有と思う。
途中マギリに裏切られ、軍?からマギリエダを捕らえろと言われその気で頑張ろうとするけど「私たちとマギリって対立しなきゃならないんでしたっけ?」と我に返るところとか。でもマギリは別にそういうお仲間意識には与しないとか。
