真昼の淡い微熱

感想ブログ

蛍火の杜へ

だめだって私こういうのめちゃくちゃ弱い……!!

アニメをみる。
ひっさしぶりに「少女漫画っていいなあ!」と思った。
こういうのだよね。
恋愛ものってこういうのだよ。私が求めてる恋愛描写ってこういうのだよ。

なんか今も書きながらずっと泣いてるんだけどなんでこんなに……弱い……。

ギンが消えることは最初から予想がつく。
変な小細工もなく、おじいちゃんへの説明どうしてたんだとかにも突っ込まず、話をむりに膨らませることなく、蛍の日常描写すら最小限に、ただふたりで過ごす夏を丁寧に叙述した。
それだけのことの上手さときたら。


序盤の攻防。
触らないでね。
夏のマフラー。
同級生の男の子。
あと3年。
人混みをかきわけて。
本望だ。

こういう些細なひとつひとつを描写というんだ!
祭りとかさりげない伏線が生き生きしてる。

お互いどれほど触れたかっただろうとか、きっとギンは毎年蛍に忘れられることを怖れながら待ってたんじゃないかとか、あらゆる一切を省くからこそ些細な描写から想像をかきたてられる。
うっまいなあ……。

蛍の同級生の男の子がきっちり必要程度の役割しか果たさなかったのがよくて。
例えば蛍が女友達の話をギンにしてて、ちらとその男の子の姿を思い浮かべるんだけどなぜか後ろ暗くて隠して、察したギンが「男は?」と聞いたりして微妙な空気が生まれるとか、凡な作品ならそうしてる。
会えない、流れる時間が違う、触れられない、ふたりの間にあるのはそれだけなんだよ。
物理的な遠距離すら装置に過ぎない。遠いことそのものは問題にされてない。(だからこそ、遠さに馳せる想像が膨らむ)
ふたりにあるものは「恋愛」かもしれないけど、「恋愛」を意識させると、この作品のシンプルさゆえの哀切がぼやけて壊れてしまう。
それだけ繊細なんだ。

大好きな作品になった……。