ブレトンウッズ体制
ドル本位制下である程度自由な経済政策と貿易が行えるようになった国際秩序体制。
自由に金融経済政策が打てるため、福祉政策できる。
ブレトンウッズ体制の元で自由な財政政策を行えるようになったのをきっかけにした、大量生産大量消費の労使協調とそれを補佐する国家の循環による体制。
労働者が単純大量生産→使用者が高賃金約束・国家が失業や病気を保障→労働者が消費者になる→経済成長
ブレトンウッズ体制とフォーディズムの崩壊
ドル不安続き、各国、変動相場制へ移行。
また耐久消費財が行きわたると需要が細分化し、画一的生産ラインでは対応できない。規格化への反発が生まれ自己決定権が重視される時代に。
こうしてフォーディズムも機能不全に陥る。
福祉は市場経済の補完的役割。個人の競争重視する小さな政府志向。
①公的福祉の受益層が小さい。そのため福祉を攻撃する言説が中産階級以上に受容されやすい。
②市場原理重視が受容されやすい伝統。
アメリカ
(トリクルダウン、起こらず)
イギリス
貧困・失業層に就労を強制する方向。
児童貧困率は下がった。
経済が停滞しても、社会保険の職業ごとの分立・受益層の広さ・男性稼ぎ主モデル・分権的な政治制度によって、福祉縮減や労働規制緩和が困難だった。労組や男性の反発や国家意思決定の壁により。その皺寄せでアウトサイダーが就業や社会保険から排除される。
年金制度縮小。医療保険はより普遍化。受益層拡大しつつ支出削減。家族政策は様々なライフスタイルに合わせた自由選択化。
受益層が国民全体である普遍主義。
「国民の家」理念を共有した労使協調コーポラティズムと就労原則をもとに競争的な経済政策でリソースを確保。
バブルが弾け失業率が上がり、福祉に依存する国民が増えると新自由主義転換が図られるが上記の理由で挫折。
五大政党の中で社民党が支持層拡大のために女性議員増やし(他党も倣う)公的サービス拡充。
就労原則と階級を越えた「国民の家」理念が経済を支えていたので、これを共有できない移民が増えると普遍化しにくい。
戦後、民間・自営・地方農業ごとに区切られた生活保障。
労使関係は使用者優位。
バブルが弾けると、以上の福祉体制の問題が顕在化する。
すなわち使用者優位で、生活保障が区切られ、かつインサイダー/アウトサイダー分断があったため、公的福祉引き下げや保護・労働規制の緩和に人々が一致して対抗する術を持たなかった。
具体的には以下。
90年代の政権権力強化を下地に小泉政権が新自由主義改革をしたが、小泉のトップダウン的やり方は属人的で他では通用できず、また新自由主義が党内合意を得られないまま福田政権(社会保障拡充のための消費税増税)・麻生政権(財政出動による経済成長路線)に転換した。
・先進諸国は戦後すぐ福祉拡充したのになぜ日本は高度経済成長にもかかわらず1973年まで経済優先で福祉後回しだったのか
②高齢者が少なかったため年金介護の行く末が問題視されなかった
③高齢者介護はイエの中で行われてた
④各家庭に福祉を担う専業主婦がいた
⑤地域コミュニティも残存してた
1973年にようやく世界の波に乗り福祉拡充していったが、この年石油ショックが起こり縮小へ転換。その後はレジームを形成できずに縮小路線をゆきつつ行き当たりばったり政策となる。(90年代には介護保険も整備されるなど拡充もあるので、行ったり来たり)
【格差への対応】
なぜか。
でも、別にスウェーデンの再分配支持率は他国と比べて高くない。
②小選挙区制の国では右派政権が成立し、再分配は小さくなる。右派はH層重視で課税も再分配も少なく済み、左派はL層重視でHM層に課税するため、M層は右派を選びやすい。
比例代表制の国では中道左派政権が成立し、再分配が大きくなる。H(を代表する)党とM党で連立政権を組めば再分配が少なくなるが、M党L党で組めばH層に課税しLM層へ分配する政策になりやすいため、M層は前者を望み中道左派政権になる。
③多様な人種・民族が共存し、公的福祉が特定の人種に偏る国ほど再分配支持は小さいから。
(というかこれ社会が分断されているほど……といえるのでは)
【新たな社会的リスク対応】
少子化・男性稼ぎ主モデル外の世帯増加・産業構造転換により、従来の製造業従事者リスク(病気けが老齢失業)の他に新しいリスク(福祉の必要性)が生まれる。
高齢化による年金支出増大リスクが認識され始めたあとの国は育児支援と高齢者支出が「競合」する。